

風景もまた自画像である。四季を通じて織り成す自然の風景に接するとき、自然の側からこちら側に様々なメッセージが送られてくる。それは劇的な強い衝動をともなうものであったり、あるいはただひたすら現実の様相を静かに伝えてきているだけのこともある。その自然の中に身をおくとき、おのずと自らの琴線にふれる風景を選択し、深い感動を味わっているのではないだろうか。それはおそらく誰もが心の奥底に宿している自己の原点とも言うべき精神の風景を、現実の風景に重ねあわせて具現化していることに相違ない。すなわち、風景とは心の内面を自然の風景を借りて描写されたものであるともいえる。それがたとえ独りよがりのものであっても、その人にとっては紛れもない自分自身なのである。しかしながら、森羅万象を秘めた自然はあらゆることを包み込み、あるいは無関係のように悠久の時間をくり返し、さらに無窮の年月をくり返していくだけである。
20代から始めたモノクロームの写真はライフワークとして現在まで続き、なお新しいテーマで続いている。モノクロームとは私にとって精神を描写すると共に、時間を超越した写真の表現方法である。撮影場所は奥日光・尾瀬・浅間山で、近年10年ぐらいが山河風霜・写真展の多くを占め、モノクロームによる自然風景の集大成である。
出展数 モノクロ 約40点

(c)小沢辰夫