
ホーム > イベント&キャンペーン > イベント > ギャラリー開催 過去の写真展 > 薈田純一(わいだ じゅんいち) 写真展「Primary Days」

私は記憶の中に忽然と現れる光景にずっと惹かれていた。
いつも思い出せるものではない。なにかの匂いや場面がきっかけとなって、まるで不意打ちのように光景が広がる。匂いや感触、心情までもがよみがえるのだ。
偶景というのだそうだ。それは小さな事件や出来事だ。とりたてて重要な記憶ではない。けれど偶景はとても印象深いので、私はショックを受けたように取り込まれてしまう。そしてそれは決まって小学校時代のものなのだ。 母校でこの偶景というものを写真に出来ないかと思った。父も叔父も叔母も通った校舎で、生徒に交じって、いっしょに給食をたべて、自分もまた学校の一員のようになる。懐かしさに、何処かで自分の分身に行きあうのではないかと期待したが、写真は何かを欠いているような気がして纏め上げることができなかった。
偶景のなかでは、当時の私が生きている。まさに生き生きとして「live 」だ。一方で現実は「real 」であって、そこからの視線では偶景を撮ることはできないのだろう。偶景は引き出しの奥に大切に忘れられた「生」かもしれない。だから引き出しが開かれるや否や「生」がほとばしりでる。
数年が経って私は改めて写真を見た。何を撮ったのだろうかと、もう一度考えた。不思議なことにあれだけ情熱的に自分の影を追いかけていたのに、そこには個人的な何かというより、普通のどこにでもある小学校があった。校舎、階段、運動会は、まぎれもなく私自身の偶景の場所だけれど、写真には誰もが知っている、かけがえのない日々が写っている。このどこにでもある日常の風景は、「机の引き出し」なのだと、そのとき思えたのだ。
誰しも、小学校低学年の頃をなかなかに思い出すことが出来ない。それは思い出を破壊してしまうほどの衝撃を思春期に経験するからだろう。偶景はそんな日々をふいに思いださせてくれる。
出展数 カラー、モノクロ 約36点

(c)薈田純一


神戸市生まれ。写真記者として外国通信社に勤務。1994年フリー。 フィリピンの路地の原色あふれる世界「Destiny」、都市に偏在する街路樹から「異質さ」、「都市の要素」を問う、「Visions of Trees」のシリーズや、「偶景」といった内省的なテーマから作品を発表している。
【個展】
【賞】
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